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福岡地方裁判所小倉支部 昭和47年(ヨ)265号 判決 1973年11月27日

申請人

三好昌次郎

右訴訟代理人

三浦久

外六名

被申請人

株式会社安川電機製作所

右代表者

安川敬二

右訴訟代理人

木下重範

主文

一、本件申請を却下する。

二、申請費用は申請人の負担とする。

事実《省略》

理由

一本件命令の性質および効力を検討するに先立ち、その前提として疎明される事実関係を以下に掲げる。

<証拠>によれば、次の事実が疎明される(但し、一部争いのない事実を含む)。

1  サービス改善企画室設置の趣旨・目的

(一)  被申請人会社は、電気機械器具の製造および販売を目的とする会社であり、その主要製品は、大別すると、電動機類(モーター)と制御器類(スイッチ)である。そのうち、小型モーター(五五キロワット以下のもの)およびこれに必要なスイッチ類の多くを、被申請人会社の全国八〇の代理店を経由して販売していた。

ところで、被申請人会社では、その製品の開発、生産、販売、および技術サービス(販売先での故障修理や定期的な巡回・点検、技術相談など)等の業務がモーターあるいはスイッチなど製品別の管理体制(いわゆる事業部制)のもとで運営されていたため、サービス面においても、電動機事業部と制御器事業部が独立し、両者を統一したサービス体制が存在しなかつた。そして、右各部門別の技術サービス員を、被申請人会社の本社および支店(東京、名古屋、大阪)に配置する形態でサービス業務を遂行していた。

(二)  しかしながら、右サービス体制のもとでは、モーターおよびスイッチの各サービス員の連携動作が組織的に困難であり、またサービス員が故障現場等の地理不案内のため、不必要に時間を費し、さらにクレームの内容が不正確に伝達されるなどして、サービスの生命ともいうべき迅速性と的確性に欠け、需要者は勿論、代理店側の意を満すに十分ではなかつたため、その改善を強く要請されていた。

(三)  さらに、被申請人会社ら同業メーカー間の激甚な販売競争の実態は、もはや、価格面においては限界に達しており、残された唯一の方法は、製品の故障修理や点検等のサービス面の競争に打ちかつことにあるとみられるに至つたため、被申請人会社においても、前記迅速性と的確性の要請を満たす新しいサービス体制の確立こそ、販売競争における優位を確保するための必須の条件であるとの認識が強くなつた。

そこで、被申請人会社は代理店の全国組織である全国代理店連合会とも数次の協議を重ねた後、昭和四七年二月、本社機構として新しく「サービス改善企画室」の設置に踏み切つたものである。

2  サービス改善企画室の機構

右サービス改善企画室(以下単に企画室ということもある)の機構として、被申請人会社は、企画室本部に室長(渉外担当の取締役があたる)以下一〇名の室員を配置し、その下に、技術サービス員に対する指揮監督機関として被申請人会社の支店(東京、名古屋、大阪、九州)に各地区リーダーを配置し、さらにその下に、各支店の管轄内で販売実績の高い代理店からモデル代理店八店(東京三、名古屋二、大阪二、九州一)を選び、これらに技術サービス員二名ずつ(モーターおよびスイッチ担当各一名)を配置(機構上の名称は派遣駐在)することとした。本部室員は、主に技術サービス員の作成、提出した業務日報を集約し、これを分析して故障内容、所要時間等のデータを作成し、将来のサービス改善の企画、立案に携わるほか、うち四名の室員は、代理店駐在の技術サービス員および地区リーダでは解決しえない高度、難解な技術的問題を処理することを任務とし、地区リーダーは、各地区にあつて技術サービス員を常時指揮監督することを任務とし、技術サービス員は、実際のサービスに従事し、その都度業務日報を作成してサービス改善企画室に提出し、また一か月に一回企画室の主催する地区会議に出席することを任務とする。かようにして、被申請人会社の機構上は、サービス改善企画室本部―地区リーダー―技術サービス員という指揮命令系統が整備された。

3  申請人ら技術サービス員の選考およびその交渉の経緯

(一)  技術サービス員の選考

企画室本部およびその委任を受けた本社総務部では、技術サービス員として、被申請人会社小倉工場および行橋第一工場から各一〇名を選考することとし、小倉工場においては課長常会で検討の結果、同工場検定課からも二名を選び出すこととなつた。そこで、同課課長らは、同課内の検査係および試験係から各一名を選出することとし、検査係からは件外森嶋勇を選出し、試験係からは、その経歴、家庭事情、能力等を考慮したうえ、即戦力たりうる者との基準のもとに、申請人を適任として選出した。

(二)  申請人の職歴・家庭事情等

(1) 申請人は、昭和四〇年三月、福岡県立八幡工業高等学校を卒業し、同月二一日、被申請人会社に雇用され、以来被申請人会社検定課試験係として勤務し、その間、商用試験五年、特殊試験一年九ケ月の経験を経たものである。

(2) 申請人は、安川電機労働組合小倉支部所属の組合員であり、同支部の職場委員を一期(一年間)務めたことがあるが、他に組合の役職についたことはない。職場集会等においては比較的活発に発言するタイプと目されていた。なお、被申請人会社外で映画サークルの活動をしていた。

(3) 職級上は、昭和四三年三月に四級に昇級して以来同じ地位にあるが、右は同期入社の者(多くは五級)に比較して遅い方とみられる。もつとも、四級から五級への最長滞留年数は、七年と定められているので、特段の遅れがあるとはみられない。なお、申請人よりも勤続年数または年令の高い四級者も数十人存在する。

(4) 家庭事情として、申請人は、北九州市小倉区北方のアパートに借間して生活していたが、妻も同区内の会社に職を有している関係で、子は保育所に預け、申請人が勤務終了後、自動車で妻子を迎えに廻り、ともに帰宅する目常であつた。また、両親も同区内で二人で暮しているところから、申請人としては、従来からなるべく北九州市を離れたくないとの希望を有し、入社の際もその旨を表明していた。(なお、本件命令後、後記のように末松産業に駐在するようになつてからは、同社に通勤しやすい小倉区中井に借家し、父母とも同居し、保育所からの迎えは申請人の勤務時間の都合上、母がこれにあたるなどして、現在に至つている。)

(三)  申請人に対する本件命令前の交渉経緯

被申請人会社は、前記選考のうえ、昭和四七年六月九日頃から、所属課長・係長等を通じて申請人に対し、右選考の事実(ただし、派遣先は当時未定)を告げてその承諾を求め、その後繰り返し交渉・要請を続けたが、申請人は、(1)妻との共稼きができなくなる。(2)子供を保育所に預ける必要があるし、いま築かれている生活のリズムを壊したくない。(3)両親が老令であるから、できるだけ近くにいてやりたい。(4)入社の際、被申請人会社小倉工場以外では働かない旨の約束があつた等の理由をあげて、これに応じなかつた。そこで、被申請人会社は、調査の結果、右(4)の約束の事実はないこと、右(1)(2)については会社が派遣先においても妻の就職先や子の保育所を確保するよう努力すること、(3)の両親の問題は、上司が両親のもとに赴いて承諾して貰うつもりであること等を告げ、さらに同年七月初旬頃には、派遣先を種々調整の結果、申請人の派遣先として当初見込まれていた大阪市方面には他の者をあて、申請人のそれを北九州市八幡区黒崎五丁目所在の末松産業にするなどして極力説得にあたつたが、その同意を取りつけるに至らなかつた。

その間、申請人は、所属労働組合に援助方を要請し、組合はこれをうけて、会社に対し発令の延期を求めたうえ、種々協議を重ねたが、結局、組合としても被申請人会社のした申請人の選考経過および予定されている発令先を考慮した上やむを得ないものと認め、申請人の説得に当るに至つた。

かくして、被申請人会社は、当初同年六月二一日付の発令を予定し、小倉工場から選考の他九名については右同日付で企画室転属を命じ、技術サービスの研修に入らせたが、申請人に関してはこれを一時延期し、上記のような交渉、説得工作や組合との協議にあたつたが、申請人の同意を得るに至らなかつた。

(四)  本件命令およびその後の申請人の就業状況

前記の経緯ののち、被申請人会社は、申請人に対し、同年七月二一日付をもつてサービス改善企画室への転属を命じ、同月二五日から同年八月一九日まで技術サービス員としての研修(工場実習)を受けさせた後、八月二一日付をもつて末松産業への派遣駐在を命じた。申請人は、右命令に応じる義務はないとの見解を維持しながらも、事実上は、前記研修を受け、かつ、八月二二日から、末松産業駐在の技術サービス員としての業務に服して現在に至つている。

4  末松産業と被申請人との関係

末松産業は、前記のとおり北九州市八幡区黒崎五丁目に所在し、電気機械器具の製造および販売を目的とする資本金一〇〇〇万円、従業員約一二〇名の比較的小規模の会社であり、主たる事業は、被申請人会社の販売代理店として、被申請人会社の製品を販売することにあるが、被申請人会社とは資本、組織とも別個独立の会社であり、また同社内に被申請人会社の支店や営業所はない。

5  申請人の末松産業での労働条件等および業務の具体的内容

(一)  労働条件等

申請人の駐在に関し、被申請人会社と末松産業との間に取り替した「技術サービス員派遣駐在契約書」によれば、就業条件は原則として被申請人会社の規定を適用するものとされるほか、下記の数項目については特段の定めがあり、実際上も右の定めにしたがつて運用がなされている。

(1) 勤務時間

申請人は、末松産業の勤務時間の定めに従つて、午前八時三〇分から午後五時一五分(途中休憩時間が被申請人会社と同じく正午から一二時四五分まである)まで勤務しているが、被申請人会社では、午前八時三〇分から午後四時四五分までであつたから、一日につき三〇分間勤務時間が延長された結果となる。なお、右延長時間の勤務については、被申請人会社において、申請人に対し定時外勤務手当を支給している。

(2) 休日、休暇

同様、末松産業の基準に従うが、これによれば、土曜日は半日出勤となり、従来被申請人会社において土曜日の半数が休日とされていたことと差異を生ずる。なお、この差についても、前同様の手当が支給されている。

年次有給休暇については、従来の被申請人会社のそれと変るところはない。

(3) 賃金、賞与その他諸費用の負担

申請人は、被申請人会社から従前の賃金、賞与のほか、派遣手当、昼食手当、時間差補償(前記の定時外勤務手当)を支給されている。その結果、従前に比較し、昭和四七年度においては、一か月約一万五七〇〇円、同四八年度にあつては、一ケ月約二万〇三〇〇円の増収となつている。

また、申請人がその業務を行うに際して要した一切の費用(例えば、出張旅費、所要自動車ガソリン代等)は、被申請人会社に請求して、その支払を受けることとなつている。

(4) 勤怠管理

申請人に対する勤怠管理は、末松産業が行ない、その結果を被申請人会社(サービス改善企画室)に報告している。

(二)  派遣期間

被申請人会社の計画によれば、派遣駐在の期間は二年間であり、各駐在員に対する内示の際にもその旨告知された。もつとも、発令が事業の年度を基準としてなされる関係で、各代理店との間の前記派遣駐在契約書においては、昭和四七年七月二一日から同四九年三月二〇日までと定められ、実際にはこれにしたがうこととなると解される。

(三)  業務の具体的内容

申請人の作業内容は、クレーム品の調査、点検、修理等を行うことである。通常の場合、被申請人会社製品の納入先から販売店たる末松産業に対してクレームがあり、これを受けた同社が、技術サービス員派遺依頼書に、訪問先、故障の内容等を記載して、サービス技術員派遣を依頼するのを原則としているが、実際上は仕事の効率を上げるため、同社において直接口頭で駐在サービス員に連絡・指示があり、それに基いて修理に出向くことが多いが、サービス改善企画室に入つたクレーム情報を企画室から地区リーダーである前記森嶋に連絡がなされ、同人から申請人に対しその処理を命じることもある。これらの場合の修理等の対象となる製品は、大部分が被申請人会社の製品か、少くとも被申請人会社の製品が一部使用されているものであり、修理に際して、部品等を要するときは、被申請人会社小倉工場から届けさせることとなる。申請人がサービス業務のため出張をするに際しては、その出張先等について末松産業の連絡・指示をうけているが、その旅費等の費用一切は被申請人会社の旅費規定に基き申請人に支給されている。

技術サービス員の派遣されている代理店には、被申請人会社からサービスカーが配置され、申請人がサービス業務を行うためには、右被申請人会社のサービスカーを使用しているが、その経費はすべて被申請人会社が負担している。

右業務のほか、申請人は、日々の作業内容、作業時間等の具体的事実を記載した業務日報を作成して地区リーダーの森嶋を通じて被申請人会社サービス企画室に提出し、被申請人会社は、これにより技術サービス員のサービス業務の内容を掌握している。また毎月一回企画室主催の九州地区班会議に出席しているが、右会議の付議事項の一例として、業務日報の活用、方策、技術サービス員の労働上の待遇、技術サービス員の教育計画等について検討がなされている。

6  本件命令に関連する協約、就業規則等

(一)  労働契約

申請人は、入社試験の際、「与えられたものは何んでもやつてみる。勤務場所はどこでも可、できれば北九州。」と抱負や希望を述べ、また、被申請人会社との間に締結した労働契約において、「就業規則その他の諸規程を守り、会社の指示する職務に誠実に従事する。」ことを約した。

(二)  就業規則

申請人が被申請人会社に入社した昭和四〇年当時の就業規則第五六条は、「業務上必要なときは、他の勤務地に赴任を命ずることがある。」旨定めていたが、同条は昭和四五年一〇月二一日改正され、「業務上必要なときは、勤務地の変更、職場、職種の異動または社外勤務への出向を命ずることができる。社員は、正当な理由なくしてこれを拒むことはできない。」と定められた。

(三)  組合員の出向に関する覚え書き

被申請人会社と申請人所属の安川電気労働組合との間に締結された労働協約には、いわゆる出向に関する条項はないが、昭和四三年一〇月、右労使間において、「組合員の出向に関する覚え書き」が協定された。右によれば、「出向とは、組合員が社員として在籍のまま他社または他団体に転出し、その役員または従業員として勤務に服することをいう。」と定義され、また、「出向は、出向に付帯する条件により、これを休職出向および一時派遣の二形態に大別する。」と定められ、その他、組合との事前協議や組合員資格、出向期間、給与、出向手当等に関する協定がなされている。もつとも、右覚え書きは、出向者の地位や労働条件に関するものとみられ、いわゆる出向の義務そのものを根拠づける条項はない。

本件命令に至る経緯、本件命令の内容・効果等に関し、以上の事実が疎明される。

申請人本人尋問の結果のうち右疎明に反する部分、その他以上の認定に反する疎明資料は、前掲各疎明に照し、採用できないし、他に右疎明を覆すに足りる証拠はない。

二以上の事実関係を前提にして、先ず、本件命令がいわゆる出向を命じたものであるか否かについて検討する。

1  一般に、出向の名で総称される勤務形態のうちにも、その目的や出向元会社との身分上の関係その他において種々の態様のものがあると考えられるが、これが法的にみて通常の勤務形態と著しく異り問題を内包するゆえんは、使用者が労働者に対し自己の指揮命令下において、自己のための労務の給付を求めるという関係(民法六二三条、六二五条、労働基準法一五条参照)を超えて、第三者のために第三者の指揮下において労務に服させることが、雇傭契約に基く労働力の利用処分権の範囲を逸脱するものではないかという点にあると思われる。当裁判所も、労務提供の実態が右後者すなわち第三者のため(もしくは第三者の業務として)、第三者の監督・指揮命令のもとでなされるに至る場合が、いわゆる出向にあたり、そして、この意味での出向は当初の雇傭契約(労働契約)の予想する範囲を明らかに超えるものであるから、使用者がこのような労務提供を求める(出向を命ずる)ためには、当該労働者の承諾もしくはこれを法律上正当づける特段の根拠(たとえば労働協約等)を要するものと解する。

2、そこで、申請人が技術サービス員として末松産業において行うサービス業務が、被申請人会社の業務であるか、あるいは末松産業のそれであるかについて判断する。

(一)  前記のとおり、従来のサービス体制のもとで被申請人会社の技術サービス員が行つていたサービス業務が、被申請人会社の業務であつたことは前掲各疎明資料に徴し、また、被申請人会社の製品が一般の家庭用消費資材等と異り、主として工場等を対象とするモーター、スイッチ類であることからみても明らかである。そして、前認定の新たなサービス体制は、迅速性と的確性の要請から、従来のサービス体制に改革を加え、代理店にサービス技術員を常駐させるという方法でサービス業務を遂行しようとするものであつて、その限度で従来の体制が変容を受けたに過ぎず、右改革により被申請人会社がサービス業務を自社の業務から除外し、これを販売代理店の業務に繰り入れようとしたものとは到底みることができない。

(二)  一方、末松産業ら販売代理店の側においても、従来から技術サービスを遂行するだけの人的・物的な設備はなく、サービス面はメーカーたる被申請人会社に一任してきたものであり、また、その故にこそ、前記のとおり、販路拡大のためには被申請人会社のサービス体制の充実が必要であるとしてその旨強く要望を重ねてきたものであることが窺われる。

(三)  被申請人会社が積極的にサービス体制を強化したこと自体、それがメーカーの責任であるとの自覚に立つと同時に、これによつて需要者の要求に応え、その信頼を獲得し、もつて自社製品の販路拡大、同種メーカー間の企業競争の有利な展開をはかること、すなわち被申請人会社自身の利益を目的としたものであることは容易に推測し得るところである。もとより、被申請人会社のなすサービスの強化が、販売代理店たる末松産業の利益をももたらすことは当然であろうが、これは一種の反射的利益というを妨げない。

上述したところからみて、申請人が技術サービス員として行う業務は、被申請人会社の、被申請人会社のための業務であつて、少くとも直接的には、末松産業の、末松産業のための業務ではないといわなければならない。被申請人会社が、申請人を従前どおり被申請人会社の従業員として取扱い、給料を支給することはもとより、派遣に伴う諸手当やサービス業務の諸費用を負担し、かつ業務用の自動車の提供もしているゆえんは、まさにその点にある。

3  つぎに、申請人に対する指揮命令権が被申請人会社にあるか、あるいは末松産業にあるかを、業務の実態に即して検討する。

(一)  前記のとおり、申請人は、日々のサービス業務の具体的内容について業務日報を作成し、地区リーダーの森嶋勇を通じて、被申請人会社サービス改善企画室に提出し、また一か月に一回サービス改善企画室の主催する九州地区班会議に出席することを命ぜられ、かつこれを実行している。その日常の業務の処理に当つては、顧客から末松産業に電話等で修理の申入れがあつた場合、申請人が同社に在社するときは、同社社員が直ちにその旨を告げ、申請人が修理に出向くこととなり、また、他の修理等に出かけて不在のときは、末松産業から地区リーダー森嶋あてに連絡し、同人から申請人に伝える方法をとつている。顧客から直接被申請人会社に申入れがあつた場合は、末松産業を経由しないことは勿論である。そして、申請人に対する指示・伝達の万全を期するため、被申請人会社はポケットベルを設備し、地区リーダーをそのセンターとし、各技術サービス員に常時携行させ、いつでも地区リーダーからの連絡がとれるような態勢を整備している。申請人が現場に赴くには、被申請人会社提供の自動車(サービスカー)を使用し、修理用の部品や工具その他の諸費用も一切被申請人会社の負担においてこれを行つている。

以上の事実によれば、申請人に対する指揮命令権は被申請人会社にあり、現実にも申請人はその指揮命令によつて業務を遂行しているということができる。もつとも、前記のとおり、顧客からのクレームを末松産業側が申請人に直接依頼指示することも少くないけれども、これは上述したところからみて、一種の取次ぎないし伝達にあたり、同社の申請人に対する指揮命令とみるのはあたらないし、また、前記の申請人の勤怠管理の点も、同じ一時派遣契約書において、末松産業から申請人会社に報告すべきことが義務づけられていることからみて、終局的には被申請人会社の管理に服するものと解せられる。さらに、勤務時間や休日、休暇の基準が末松産業の定めによつていることは争いがないけれども、派遣駐在の目的が前記のように顧客から代理店へのクレームを迅速・的確に処理することにあり、したがつて、代理店の営業日・営業時間中は常にクレームに対応し得る体勢にあることが要求され、その故に被申請人会社としては、右に必要な限度で自社従業員の就業時間等を変更したもの(その根拠は後に述べる)と解せられるから、右勤務時間等の一事をもつて、申請人が末松産業の従業員として、その指揮命令下において就労しているものということはできない。

4  以上に述べたこと総合して考えるとき、本件命令は、申請人に対し、末松産業のために同社の指揮命令下で就労することを命じたものではないから、前に述べた意味における出向にはあたらないと解せられる。なお、付言すると、前記「出向に関する覚え書き」には、就業時間・休日(原則として出向先の規定に従う)、出向期間(一時派遣の場合原則として二年間)、出向手当、労働条件の保障(社内勤務の場合を下廻らないよう保障する)等の諸条項があり、本件命令に基く駐在においても右の類似の取りきめが多くなされているところから、本件命令もまた右覚え書きにいう出向を命じたものではないかとの疑問を容れる余地がないでもない。しかしながら、右覚え書きは前記のとおり、出向を定義して「在籍のまま他社または他団体に転出し、その役員または従業員として勤務に服することをいう」と定めているから、本件駐在がこれにあたらないことは明らかである。そして、前掲各疎明によれば、右覚え書きは本件の前提となつたサービス体制改善強化とは無関係に、それ以前、かつ別種の出向に関して協定されたものであること、しかしながら本件命令に関しても、技術サービス員に妥当しかつ有利な条項については類推適用ないし準用するとの発想で、労使協議のうえ、前記認定のような就労条件が定められたものであることが窺われるから、右覚え書き条項類似の定めがある故をもつて、本件駐在が出向にあたるとみることはできない。

結局、本件命令は、前記就業規則五六条に根拠を有し、申請人に対し被申請人会社小倉工場検定課試験係からサービス改善企画室所属を命じたことは、同条の「職種の異動」に該当し、さらに末松産業に派遣駐在を命じたことは、同条の「職場の異動」ないしは「勤務場所の変更」に該当するというべきであつて、いわゆる同一企業内における配置転換の形態に該当するものというべきである。

三そこで、申請人が就業規則に根拠を有する被申請人会社の本件命令に対し、これを拒絶するにつき正当な理由を有するか否かについて判断する。

申請人が本件命令を拒否する理由は前記のとおりほぼ四点であつたが、そのうち、妻の勤務上の必要および両親の近くに居住する事の必要の点については、申請人の派遣先が北九州市八幡区黒崎五丁目所在の末松産業に決まつたことにより実質的に解決したとみられる(なお、申請人が夫婦の通勤に便利な土地に借家を求め、父母とも同居し、子供を保育所に委託し、その希望するところとさほど隔たりのない生活を営んでいることは前認定のとおりである)。また、入社の際、勤務場所を被申請人会社小倉工場とする旨の約束があつたとの主張の点についても、前記のとおり、「できれば北九州」との希望を表明したことはあるとしても、特に小倉工場に限る旨の特約があつたことの疎明はないから、少くとも現時点において、本件命令を拒否する理由とはなりえない。もつとも、勤務時間や休日が前記のように変更となり、申請人の労務がそれだけ増大したことは否めず、そのことによつて妻子の迎えが困難となり、家族に若干の負担をかけていることも窺うに足りる。しかしながら、申請人の年令(現在二六才)ならびに被申請人会社が技術サービス員の代理店派遣に強い必要と少なからぬ利益を有すること、労働時間の延長等に対しては、被申請人会社の定めによる定時外勤務手当を支給し、その他派遣に伴う諸手当を給付することによつて補償しようとしていること等と比較考量すると右のような負担増加は、申請人が労働協約・就業規則等にしたがい被申請人会社に労務を提供するにあたつて受忍すべき限度内にあるというべく、申請人としては、本件命令を拒否する正当理由があるとはいえない。そして、他にかかる正当理由の疎明はない。

四なお、申請人は、本件命令は思想信条による差別待遇である旨主張するので、この点について判断する。

前記のとおり、申請人は、検定課試験係員としての七年余の経験を有し、このことからみてモーターおよびスイッチの両者にわたつて熟練しており、被申請人会社のサービス体制の構想に添う知識・技術を有すると考えられること、申請人は組合活動歴として職場委員を一期務めたことがあり、職場集会等で比較的活発に発言していたとしても、被申請人会社の嫌悪するような特別の思想信条を包懐し、かつこれを顕著に表明していたものとは見受けられないこと、職級の昇進においても特に著しい遅れがあるとはみえないこと、さらに前記認定のような技術サービス員の選考およびその交渉の経緯、申請人のその他の事情に加えて、一般的な人事管理の複雑性を考慮すると、いまだ、申請人に対する本件命令が思想、信条を理由とする差別待遇にあたるとの疎明はないというほかない。したがつて、この点についての申請人の主張も理由がない。

五よつて、本件申請は理由がないからこれを却下することとし、申請費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(原政俊 田川雄三 中路義彦)

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